今年度の抱負

人生の節目にあたり、今後の目標を決めたいと思う。
将来の時間は無制限にあるわけではないのだから、限られた時間の中で、自分に何ができるかを考えることは、とても大切なことだと思う。
僕は、3年というリミットで考えることが好きだ。
中学や高校は3年サイクルで動いている。
教員の異動も3年からだし。
自分がやりたいことは何なのだろう。そこから考えていかなければならないだろう。

今日の教委の話を聴いて、とても体系立っていることに感心する。前任の所では、その場の思いつきだけで施策を行っていたような印象がある。それに比べて、今の学校も自治体も、とても体系だっている。
この商売をする人間は、近代的な「個人」として生きることを子どもに教えようとしているのだから、「近代」を信じていることになる。論理的に。
我々が壇上に上がると一礼するのは、壇上に日の丸が掲げられているからである。昔なら「天ちゃんの肖像」が掲げられていた。天ちゃんを拝むということは、国家を信奉するということである。国家を信じることと、近代を信じることは別ではないか、と言う方もおられよう。しかし、国家という概念は、近代の産物である。壇上に一礼する教員の挙動は、近代が生み出したものであり、その慣習に従う者は、無自覚に近代に順応しているのである。
まぁ、そんな理屈はどうでもいい。
要するに、「近代」とは「体系」なのだということだ。
「体系」は「計画」と言い換えてもいいだろう。教育は、計画と準備の賜物である。ねらいに向かって、計画を立て、実行し、成果を検討する。これが近代の教育である。であるなら、何事も計画と準備にかかっていると言えるだろう。
そこで、「自分がやりたいこと」の話に戻ってくる。
要するに、計画と準備をしようか、ということなのだった。
自分なりに、今の「やりたいこと」を考えてみた。
【仕事編】
専門性を身につける。現場を経験し、沢山の問題を発見し、自ら考え、書物からも沢山吸収して、自分なりの知見を得る。
【プライベート編】
①ギターをマスターする。②体を鍛えて、何か一つスポーツをする。③語学をマスターする。④設定した
課題の研究をする。
うん、いくら時間があっても足りないな。
でも、頑張るしかない。