閉会中審査を見た感想

閉会中審査を見た。
みなさんは、どうご覧になっただろうか?
ネット上では「加戸前知事が論破した」などと言っている人もいるようだが、いくつか疑問を述べたい。
(1)まず「既得権益を守る」という言葉だ。
 一般的に「既得権益を守って、新規参入を許さない」なんて言うと、一部の強欲な輩が暴利を貪っているかのような印象を与える。しかし、獣医師たちが自由競争にさらされることなく、安心して自らの仕事に打ち込める環境を保証していくことは、国の責務であろう。その需給バランスを壊してまで自由競争にさらされてしまえば、たとえば歯科医がそうであったように、医療の質に問題が出てくる。例えば、韓国の美容整形医などは、自由競争にさらされた結果、悪質な手術を行い、被害に遭う患者が後を絶たないという状況が生まれている。
 ヨーロッパでは、料理人でもパン屋でも植木職人でも、職業人が自由競争にさらされてブラック化することを回避するために、新規参入を制限していると言われている。自由競争を手放しに良きこととするならば、必ずその弊害が生まれ、そのしわ寄せは国民に返って来ると考えられているのだ。職業集団が政治的な発言力を持ち、業界の需給バランスを適正にせよと言うのは、当然の権利なのである。「既得権益」という言葉は、獣医師会が不当に業界利益を守ろうとしているかのごとき印象を与える。説明が不十分ではなかろうか。
(2)「岩盤規制にドリルで穴を開ける」について
 これも、何度も言われていること。加戸氏もこの言葉を用いて文科省を批判した。
 しかし、この点について前川氏は、「岩盤規制に穴を開けることそものではなく、
その穴の開け方に問題があったのではないか」と述べている。
これは(1)の「既得権益を守り、自由競争を拒む」という哲学に対して、議論を通した正当な手続きを踏むことなく、「総理のご意向」といった忖度の政治によって、事が進められ決せられてしまったことへの意義申し立てであろうと思われる。政府はまだ何も説明していない。
(3)「挙証責任は文科省の側にある」の言い分
 これも、前川氏の答弁に言い尽くされているが、獣医学部を新設することになった経緯として文科省の挙証責任を問うことと、なぜ獣医学部新設が必要なのかを国民に説明する責任が政府の側にあることとを混同した言い方になっている。簡単に言うなら、国家戦略特区の施策決定の手続きとしての文科省の挙証責任と、疑惑の前に国民に向けての政府の説明責任とが混同されているのである。

まとめるなら、まずは「岩盤規制」が長年続いてきた理由である「業種業界の保護政策」の是非を議論せずに、「歪めてきたのは行政の方だ」と一挙に政府側は言えないのではないかということである。

こうした議論も経ずに、先日は安倍首相自ら「これから獣医学部をどんどん作る
」発言をした。どうして、そう言えるのか? これから獣医師をどんんどん増やしたい根拠は何なのか? それもまた政府の説明すべきことの一つである。
国家戦略特区諮問会議の方々も「特区で岩盤規制に穴を開け、さらに全国に展開していく」と述べておられる。こうした方向性は、諮問会議も安倍首相も同じであり、であるなら、どうしてそう言えるのか?について、きちんとした説明を求めたい。
保護主義自由主義の哲学をめぐる討論を行わずに、「岩盤規制に風穴を開ける」とだけ豪語しても、虚しく聞こえるだけである。政府が丁寧に説明するとするならば、この点は譲れないはずである。

(4)加戸氏は、元知事として地元今治の利益を代弁する立場として発言しており、上に述べたような国家全体の視点に立って述べる立ち位置にはいない。もちろん、それは加戸氏の立場としては当然なのであり、何ら非難すべきことではないだろう。
ただ、国が地方利益代表の立場である加戸氏に便乗して事足れりとするのでは困るのだ。加戸氏と国は立場が違う。国は国全体の視点(獣医師の需給バランスや、獣医師医療の質の問題)に立った説明なり議論を行う必要があるのに、そうした議論を展開できている政府側要人は誰一人としていないのである。
しかも、これから新たに説明されることが大事なのではなく(だって、今からじゃ遅くない?)、そうした説明や議論を踏まえて今治加計学園に決定されたというプロセスを証明しなければならない。その挙証責任は、政府側にあるはずなのだ。
加戸氏が「加計学園ありきでやってきた。しかし四国で初めて獣医学部新設に向けて真摯に運動してきた」という話と、だから国家戦略特区諮問会議が、保護主義自由主義の討議を経ずに、加計ありきで一挙に獣医学部新設を決めてよいという話は別なのだ。
仮に自由主義を通すのだと言うなら、ではなぜ加計学園だけが選ばれるような形でことが進んだのか。「四国に獣医師が足りないから四国に獣医学部を作る」というのはおかしい。高齢者の割合が多い過疎の町に医者が足りないから、過疎の町に医学部を作るという話にはならない。獣医師が足りないのなら、既存の獣医学部で定員を増やす方法もあった(前川氏答弁)わけで、なぜ巨額の税金を投入してまで、新たに加計学園一校に決まるような方法で獣医学部を新設しなければならなかったのか分からない。四国を振興したいというなら、獣医学部でなくてもいいわけで、獣医学部を不当に利用したということになるのではないだろうか。

(5)前川氏の「出会い系バー通い」に関して
 この問題と獣医学部新設をめぐる問題は別問題である。前川氏がたとえどんなに軽蔑すべき人間であったとしても、そのことによって国の説明責任が免責されることにはならない。これこそ「印象操作」に他ならないのではないだろうか。「出会い系バー通いをした破廉恥な文科次官が言っていることだから、国は国民に何も説明しなくてよい」ということにはならない。
繰り返すが、獣医学部新設の意義について、加計学園一校にだけチャンスが与えられるような方法でなぜことが決まったのかについて、説明は何もなされていないのだ。