『情報は一冊のノートにまとめなさい』

 2008年3月発行。ビジネス書の超ベストセラーにしてドル箱書籍。ノート術の金字塔であるばかりでなく、そのネーミングは多くのビジネス書に影響を与えた。今でも「~なさい」と銘打たれたビジネス書が刊行され続けている。
 本書は、全てのメモを一冊のノートに統一することを謳っているのだが、ノートは高級なものではなく所謂「100円ノート」を勧めている。A6サイズのノートである。ポイントは「思いつきをすぐさまメモすること」の効用について多角的に検討している点にある。つまり、そこには情報生産に関する明確なイメージというか、メッセージが存在する。それは「小さな思いつきの中に、お宝がある」といったもの。雲散霧消してしまう普段の気づきを形に残し、それらを活用していくメソッドが「100円ノート式」なのである。そのコツは、「メモする敷居を低くして、フットワークを軽くすること」。極めて現代的な知的生産のあり方について考究した、マジメな書なのである。
 難点は、何でも一冊にまとめるということ。「?」な箇所が複数存在する点だ。以下列挙してみる。
 「給料明細をこのノートに貼る必要があるのか?」
 「思い出の写真まで、このノートに貼ってしまっていいのか?」
 「スケジュール表をこのノートに貼って管理するっていうのはどうなのか?(しかも著者は、このノート一冊を使いきるのに2~3週間と豪語する。そんな短いスパンで代替わりしてしまうノートに、中長期的なスケジュール管理は向かないのでは?)」
 「日記もこのノートに書く必要あるの?」
 等々。 
 一冊に統合すべきものか否かは個人によって違うので、著者の提案が必ずしも腑に落ちるものばかりではない。読者は、必ずしもこれらの著者の提案に与する必要はないと思う。むしろ、この書の本質的な次の二つの点について、自分の態度を決めることが、読者としての望まれる作法なのではないか。
 (1)このようなノートを持ち歩き、絶えず記録する一番の目的(効用)は何か?について、著者は次のように述べる。「考えたことはどんなことでもすべてメモしていきます(P.21)」「歩きながら、面白いフレーズを思いついた僕は、一瞬、立ち止まったけれど、面倒に感じて結局メモしませんでした。しかしまた歩いていると『さっき、すごく面白いフレーズを思いついたような気が……』。こうなるともう堂々巡りです。このとき以来、どんな下らないアイデアでもとりあえず書いておこうと思いました(P.33)」
 (2)アイデアの作り方について。発想カード(KJ法)、マインドマップ、ひとりブレスト、などのアイデア作成法(第5章)。そして、パソコンでの検索を使ったアイデア作成法が詳述される(第6章)。こうしたアイデア作成とパソコンによる検索問題を論じたのは、この本が先駆けである。著者は最近「人生は~」と題された著書を刊行し、〈ライフログ〉の思想を紹介している(これについては後日また紹介したいが、PCとの連携を視野に、今や時代は〈ライフログ〉を残し、いつでも自分の経験(過去)を検索しようという知的野望を抱く時代になっている)。同じ問題を論じた野口悠紀雄の『超「超」整理法』は本書の後に登場する。また、アナログな検索法を提案した中公竹好義の100円ノート「超」メモ術』もこの後の発刊である。これはこれで、面白いのだが・・・。いずれにせよ、〈ライフログ〉、〈パソコンとの連携〉という二つの問題に関して、本書が先駆的な書であったということだ。
 こうしたノート術の周辺に、「切り張りスクラップの楽しみ方」や「日記の効用」、加圧ボールペン「パワータンク」&ライフ社製プラスチックリングメモをはじめ、便利なオススメ文房具の紹介、A6サイズとA4の連携など、知的生産術のノウハウ知識までが紹介されるという親切さ。こうした読者への配慮と、ノート作りの楽しさを一貫して打ち出しているところが、多くの支持を得た理由ではないか。