『給料だけじゃわからない!』藤原和博(ちくま文庫)

藤原和博といえば、東京都初の民間校長を務めた人として、その名を知る方もいよう。藤原氏は校長職の傍ら『よのなか科』という授業を持ち、これからの時代を生きる若者たちに必要な、知識蓄積型ではなく新しい学びのスタイルの授業を行って話題となった。そんな〔よのなか〕の歩き方シリーズの一つとして刊行されたのが本書『給料だけじゃわからない!』(ちくま文庫、2001年11月)である。バブル経済の崩壊後、終身雇用も会社丸抱えの人生も過去の遺物となり、働くサラリーマンはこれまでと違った「ワークデザイン」を思い描く必要があるのではないか? そのことをいち早く直感した著者の90年代の悪戦苦闘と試行錯誤の日々が、この本として結実した。
著者は、かつての働き方には「企業内部で昇進・異動を繰り返しながら上昇を志向する企業人」と、「脱サラのロマンを求める起業人」しかなかった。しかしそうではなく「個人のライフデザインを重視しながら、会社との対等な関係を目指した寄業人」という第三の道があるよと著者は提唱する。かつてのように会社が社員の人生全部を丸抱えで、社員が「社畜」と揶揄されていたとしても、そうするだけのメリットが確かにあったのだ。何も考えず集団の価値観に従うだけで、昇給も昇進もできてしまった時代。しかし90年代を境に状況は一遍してしまった。会社に払う犠牲に見合うだけのメリットが得辛くなってきたのだ。そして、そもそも何の為に仕事をするのかも見え難い時代になってきたのである。簡単に言ってしまえば、自分の人生の時間や価値観を会社に預けてしまうことが、途方もなく危ない賭けで虚しいということに人々は気づき始めたということであろう。
この書物のもう一つのキーワードは「成熟社会」。繁栄を究めながら美しく衰え続けてきた英仏から、「成熟社会」をいかに豊かに生きていくのか、その人生哲学をこれからの日本は学ぶべきだ、と著者は言う。もう右肩上がりの経済成長は見込めない以上、富の蓄積でもって人生の豊かさを測ったり誇ることは、もはやできない。そうであれば、住宅や地域での暮らし、教育、組織の壁を越えたネットワークをいかに築き、そこでどれだけ豊かな人間関係を築いていけるか、そういう点に人生の価値観をシフトさせていくべきではないか、というのが藤原氏の考えだ。
それは単純に「会社を辞めて田舎暮らしをしよう」ということではない。会社の中で仕事を続けながら、仕事にエネルギーを吸い取られてしまったりするのではなく、仕事を通して自分の生き方をより活性化していけるような新たな働き方を考えていくべきだというのだろう。そんな働き方の転換を無事にやりおおせられた暁には、今よりももっと充実した人生の手応えがあるのではないかということを夢想せずにいられない。