藤沢周平の魅力

最近、藤沢周平の小説にはまっている。
ここで藤沢の文章の魅力について語りたい。
藤沢の小説がなぜ面白いのか。
面白いから面白いのである。そういってしまっては身も蓋もないが。
藤沢が描いているのは、江戸を舞台に生きる庶民の心である。
そこには男がいて、女がいる。
まやかしがあり、どこかにやましさがある。それが庶民というもの。
そんな浮世のはかなみを潜り抜けて、商人として身を立てる男がおり、夫に身を窶す女がいる。そこに生まれる心のドラマを、的確に描いてみせるところに、藤沢の小説家としての確かな存在が感じられる。
江戸の庶民も、今の時代と同じ。否、同じどころが、今の人々は見失っているけれど、今の人々にも一脈通ずるところのある心のひだを炙り出して描くところに、藤沢の魅力がある。
尤も、藤沢周平は心理描写を旨とする小説家ではない。むしろ逆である。
藤沢は、状況を描く。そこで起こる心のさざめきを淡々と記すだけである。
それがかえって、読むものに、人物の心を類推させ、書かれざる空白のゆえに想像を掻き立てさせられ、気づけば、藤沢ワールドの住人になっているのである。
江戸は、身分が固定していた社会である。しかし、才覚と努力とによって商人として身を立て、人生を謳歌できた時代でもあったのだろう。そんな時代への想像力を掻き立てながら、藤沢が描くのは、やはり人の心だったと思う。