手帳はもうこの10年以上、綴じ手帳を使っている。
この間の大きな変化は「ケータイからスマホへ」だろう。
そんな中で、手帳とノートというアナログなツールを使う意味はどこにあるのか?
まずは、そこから考えていく必要があるのではないかと思っている。
和田哲也さんがご著書の中で、ノートの連携ということを述べられ、「多ノート派」という概念を提出されましたが、その時すでに、デジタル・ガジェットとアナログな紙との連携が示唆されていたのでした。それは今もなお有効な考え方だと思います。
「手帳」とは何かと言えば、一年間の日付が書かれたノートだと言えるでしょう。一般的に手帳はスケジュール管理の為のノートです。そして、目標に向けてミッションをブレイクダウンし、日々発生するTO DOを管理していく。
特に日々発生するTO DOは、その都度書き加えられ、時に訂正されたり更新されたりするものです。だから、「いつでも、どこでも」開いて「すぐに」書き込めるという手帳の役割は、今も廃れないのだろうと思います。
もう一つは、この作業が自分の行動の方向を決め思考を整理する上で欠かせないものになっていること。もっと言えば、物事を頭の中で整理するという、ある種の精神的快楽にもつながっていると言えるでしょう。
この手帳に書くという行為は、その味を知った人間にとっては、一生手放せない何かなのだろうと僕は思います。
次にノート。これもまた、思考を整理するための重要なツールです。それは常に見返され、新たに書き加えられ、消して書き直されたり、変更を加えられたリする。また、新たな知見を情報として記録する上でも、ノートは必須のツールです。
手帳は自分の未来の行動を整理していく手段であるとするなら、ノートは、情報一般を整理していくための手段と言えるでしょう。
そこで、和田哲也さんに倣って、「手帳&ノート構成」を自分なりに組織していくことになります。
僕の昨今の個人的な手帳&ノート構成は、「能率手帳」「A5大学ノート」「A7サイズのメモ用紙」の三つになっています。大学ノートは一冊だけ持ち歩くようにしています。カバーなんかもかけないで。結局、シンプルなやり方がいちばんいいのだと思うようになりました。