トップの交代

職場のトップが交代したことは、ある意味で残念でもあり、ある意味良かったとも思っていました。
残念というのは、志半ばの交代ではなかったか? と思ったからです。この程度の現状で目標が達成できていたとは思えないからです。
しかし、一方では、トップが変わる必要を感じていました。つまり、組織に自浄作用がない限り、全ての責任をトップが取るべきだと考えていました。組織というものの成り立ちについて多少とも心を痛めたことのある方ならお分かりでしょうが、末端の不祥事は、トップの考え方やその考え方が決定する組織体質、そこから醸し出される職場雰囲気の結果です。末端が不正を働く職場は、きっと必ずトップも不正を働いているのです。末端が責任逃れする職場は、きっと必ずトップも責任逃れをしています。これは論理的にそうであるというより、経験則です。逆に言えば、トップが責任逃れをする職場では、下の人間も前へ倣えしやすいということです。
そういう意味で、組織が健全に機能しなければ、やはりトップも変わらねばならないと思っていました。
個人としては親しみやすい人であっても、それが組織のトップであれば、話は別です。(といって、別に前のトップが親しみやすい人であったかどうかは話が別ですが・・・)

いずれにせよ、トップが変わりました。

そして・・・

今日、トップとサシで面談しました。
ある事情があって、話を聞きたいからということで呼ばれたのですが、そこでさまざまな職場の問題点を仰られた。
まさに図星でした。
就任後わずか一週間程度にも関わらず、職場の体質と問題点を、見事に見抜いておられるのでした。
ぼくは震えました。ガタガタと体が震えて、これが緊張から来るのか感動しているからなのか、自分でもよく分からなかった。
それは、現状を深く捉える洞察力に対する驚愕であり、問題分析の正確さ、緻密さ、そいういった知性に対する畏れであり、また、ぼくのようないっかいの新米に対して、これほどオープンに話しをして下さったことへの驚きと感謝の思いであり・・・言い尽くすことのできない震えでした。

こうしたトップの下でこれから仕事をしていくということに、希望を感じています。
リーダーは必要です。
それはでしゃばりや声のでかい人間のことではない。
端的に言えば知性だと思います。
もちろん知性は、すぐれた人間性の条件だと思います。

今日という日を忘れてはならない、そんな気持ちでいます。